想い出話
加部 康晴
<其の八>
「続:戦い模様」
当時の東北トップクラスによる「会費制リーグ戦」、即ち「徹夜バトル in 黒崎道場」の一端を紹介してきた。
本当はもっと々信じ難い面白いことが起こっていた。今回はその続編をお届けしたい。
前々回で紹介したメンバーそれぞれの個性をひと言で表現すれば、「普通ではない」。
しかし、妙な誤解を招いては困るので補足すれば、まず何よりも皆それぞれの情熱が並ではなかったこと。
そして過去に功なり名を挙げた実績があるにせよ、それはそれと更なる向上心を目標に接し取組んでいたこと。
それ故、互いが認めた者同士での切磋琢磨を強く望んでいた、が本質且つ当然なる動きであった。目下はいざ知らず、
当時の一部からは、そのあたりに敬遠若しくは眉をひそめる雰囲気が感じられた。おそらく、それには
「入り込めない領域」といった側面が強かったのだろう。だがメンバー各位にとってはこれこそが最高の醍醐味であり、
そんな“評論”などはどうでも良かった。但し、勝負というものが介在している以上、本当の実力というものは、
こういった戦いで発揮され、そして培われる部分が強かったと思う。
さて、今回はこれまでと違った角度で(結局は似たようなものだが)、真剣のなかの面白いやり取りを想い起してみたい。
森田VS高沢戦のカードは、盤上もさることながら、局後のやり取りに“味”があった。
まず、「いやー、丸勝ちの将棋負けたー!」という高沢さんの一声が投了の意思表示から始まる。
そして直後に、「どこが丸勝ちだったのー!私が終始良かった将棋だよ!」と、勝った森田さんが盤に唾を飛ぶほどに、
尚且つ傍にあった湯呑をひっくり返しながら言い返す場面から本格的幕開けとなる。そして零れたお茶が、
たまたま隣で対局中の西澤さんの膝あたりに飛び散るものも常。だが必死で終盤戦を戦っている西澤さんは気がつかない。
そして脇で観ていたギャラリーが、そのやり取りを傍で聞きたさに盤側に乗り出した瞬間、残りのお茶が入った湯呑を
ひっくり返し、またもや西澤さんへと飛び散る。こうして何度もお茶を掛けられる西澤さん、局面が切迫しているので
怒るにも怒れない。そして隣では、「最後のほうで銀とれば勝ちだった、」と、高沢さんが言えば、
「アンタそれは駄目だよ、その場合はね、私は“黙っ〜て玉寄っておくのさ”」と、森田さん声が上ずらんばかりに
興奮隠さず言い放つ。対して、高沢さん「一回は、黙っ〜てか」、森田さん「そう、一回は黙っ〜て寄るのがいい手なんだ」と
嬉しさを満面にたたえ、空になった湯呑みを何回も口にして喜んでいる。
高沢さん「森田さん〜、そんなに喜ばないでさー、じゃー、一回はこうやると?」
森田さん「別に喜んでないさ、それならこっちも一回は金上がっておくのさ、」
高沢さん「そして一回は飛車走ると、やっぱりこっちがいいなー」
森田さん「そんなことはないよ!だったら、ジーッと歩伸ばしといて勝ちだ。」
高沢さん「ジーッとか、」、森田さん「そう、ジーッと!」。
こうして、「黙って → 1回は → ジーッと」の応酬が暫くつづき、それにイライラする西澤さんが、
「さっきから一回はとかジーッととか!一回も二回もねー!」その真面目に怒った口調がまた面白くて笑われてしまう。
それにしても、勝手に手拭は使われたり、お茶を何回もひっかけられたり、更に隣では「一回は」の応酬にイラつかされたりと、
そして最後は半ば本気で怒っているのに笑われてしまう、元アマ名人たる西澤さん。何故か災難を喰い易い人であった。
もっとも、周囲にとってはそれがまた面白かった。
黒崎さんと大鷲さんにも信じ難い面白い場面がよくあった。そして黒崎さんが絡むと、必ず時計に関わることが起こり面白い。
まず両者共に終盤の緊迫した場面になると、いつの間にかポットを引き寄せ白湯を飲むのが癖。そして無意識のうちに
ポットを脇息代りにしている。まあーそのあたりまでは“ちょっと変”くらいで済む。だか、いつの間にか
どっちかのポットの位置がずれ、両者時計のタタキ合いに突入の頃、無我夢中の大鷲さんが時計と間違えてポットを叩いていた、
なんてことが度々あった。確かに押すボタンらしきは似ていないこともないが、いくらなんでも気がつきそうなもの。
そして叩く度にジュ!という音と共に微量ながらお湯が噴き出ている光景が凄い。むろん本物の時計は押されておらず、
大鷲さんだけの消費がつづき必然切れ負けという結末となる。まるでウソのようだがそれこそポットのお湯じゃないが、
観ているほうも噴き出したくなる。
切れ負け将棋も2日ぶっ通しの徹夜になると、時間にも覚醒感が漂い20分すら長く感じだすもの。
そこで最後のほうで必ず「20分じゃ長いから10分でいいでしょ。」と高沢さんが言い出す。そして全員合意のうえ
10分に短縮されるパターンとなる。更にその後において、何故か“7分”という流れもあった。もうこうなると、
内容どころか勝ち負けのみを決めるだけに近い。そしてヒドイ場合、並べた時から金銀の逆すら両者気が付かず、
中盤過ぎまで指していた、なんて無茶苦茶なこともあった。こうなると流石に終わりの頃合である。
だが高沢さんと白石さんだけは終わりがない、という雰囲気が漂っている。既に途中で必ず引く賢明な西澤さんは、
手拭を首に巻きながら座布団を枕に隅っこで寝っ転がっている。そして、始めの頃如何にもどうでも言いような事を
振り撒いていた野藤さんは、「サー!ガンバルゾーッ!それにしても皆アタマおかしいね」なんて言いながら笑い転げている。
大鷲さんは相変わらず、「熱いお茶飲みたいねー」なんて言いながら普通に駒を並べ始めている。
森田さんは「最後、桂打っとけば勝ちだったなー」と、朦朧としながら誰となしに感想戦らしきをぶつぶつ口にしている。
黒崎さんは小走りにポットのお湯の量を何回も確かめながら廻っている。この動きも時計を押すが如き素早く、
皆それをみて笑っている。私は外に出て新鮮な空気を吸いつつ、近くの自販機で全員分の缶コーヒーを買って戻ると、
高沢さんあたりが「あ〜、コーヒーうまいねー、サー元気が出てきたぞ!」・・・逆効果であった。
それにしても今想えば、あらゆる光景だけでもDVDにでも収めていたら受けただろうなー、と考えてしまう。
次回へつづく/其の九へ