想い出話


加部 康晴


<其の五>

「黒崎昌一さんのこと」

永年、福島市内で道場を開き、地元の普及貢献に尽力している黒崎昌一さんについてご紹介したい。

私とはかつて奨励会時代の一時期研鑚し合った仲であり、その後も何かと接点を持つ、

いわば腐れ縁とも云うべき良き関係にある。私とは年齢では3つ上、奨励会は2年先輩にあたる。

同年同期に近い人として、野藤鳳優さんや横山公望さん、群馬の都橋さんらと一緒だ。

黒崎さんは奨励会退会後、指導棋士という立場を採択し、必然、アマ選手として指す関わりはないものの、

盤上に対する情熱と力量には強い自負を持っている。それは、「本腰を入れれば、まだ県代表クラスなら問題じゃない!」と

意気からも窺われる。「だったら俺達みたいな立場になっちゃえば。」とよく私や野藤さんが言えば、

「いや、そうはいかないから。」と、ならば現実叶わない盤上自負など意味ないじゃんと、

ズバリ忌憚なく口にしちゃうところも仲間だからこそ遠慮ない直言。結局、立場など関係なく思い切り指したいのが本音は

痛いほど分かる。現にノンプレッシャーの戦いならば、元々将棋のモノが違うだけに東北六県のトップクラスは容易だろう。



そこで、あまり知られていない黒崎将棋の特徴と真髄について触れておこう。 


まず対局時計の押す速さは天下一品!あまりの早さを目の当たりにした人が、

「まるでビデオの早送りのようだ!」、「あの手の動きは、まさに“千手観音”を彷彿させる!」と、

これ以上ない感嘆と絶賛を浴びせたほど。とにかく短時間切れ負けの強さは並ではない。

何故か不思議と残り1分からなかなか切れない。よく大楽勝の将棋を時計勝負で落とされた野藤さんが、

「黒崎パン(黒崎さんの愛称?)側の時計おかしいじゃないの!」と、真顔で怒ることしばしばであった。



さて、肝心の盤上についてだが、振飛車の軽快なる捌きは絶妙。特に終盤の手作りには独特な才能が随所繰り出され、

切れ負け寸前の佳境には、一瞬、着手が分からぬほどの「連続
0.1秒指し」と相俟って、まさに神技ともいえる見事さがある。

もう十数年前当時、黒崎さんの道場に野藤さんや私、そして東北隣県の主たるトップが参集しての

会費制リーグ戦を適時徹底やったもの。今ではこうした怱々たるメンバーが揃うなど皆無だろうが、

本来これこそが真に鍛えの入る練達となるものだ。

ここでもよく黒崎流の盤上/時計双方の妙技が披露され、その両方に負かされた元アマ名人のN澤さんや、

あの感想戦で著名なM田さんらが、「あんたに負けると他の人の何倍もアツクなるよ。」と、

本当にアタマから湯気がたっていた紅潮した顔が懐かしい。



黒崎さんには盤上以外でも抜きん出た凄さがある。よく仲間同士や黒崎道場の常連さんも混ざって、

“長時間”に渡って多種な話題で盛り上がることも多い。まあーそれ自体はなんら不思議ではないのだが、

問題は“長時間”という箇所にある。まずこれについて触れておこう。



普通、長時間といってもせいぜい長くて2、3時間程度だろう。ところが黒崎さんが絡むものは桁違いとなる。

まず、一箇所での
10時間など序の口。ちょっと本気を出せば15時間超などザラ。その序章が、

「じゃー珈琲でも飲みに行こうか。」から始まり、当然の如く24
時間営業のファミレスへ自然と向かうのが基本定跡。

但し、ドリンクバー設置が必須条件。以前、まだこの類の店がなかった頃は普通の喫茶店が基本となり、

むろん開店から閉店までが必然。途中、その凄まじさに店の人が呆れかえり、それを見計らった頃、

「すみません、アイスコーヒーの御代りお願いします。それと灰皿替えて。」と、絶妙のタイミングを

都合数回繰り出すところに黒崎流の真髄を垣間見たものだ。こうして忘れた頃に注文を受ける店員さんが、

苦笑を浮かべつつ水の御代り&灰皿交換を通算20
回以上繰り返していたものだ。しかし黒崎さんくらいになると、

そんなことは一向気にするカケラすら見せないところが凄い!というより、全く感じていないことに驚愕すらおぼえる。

まず、初心者ではこの空気に触れただけでも、居てもたってもいられないだろう。それにしても、何故こうも

長時間居座れるのか不思議だが、なんと云っても話のネタに尽きないことが挙げられる。但し、近頃は年齢のせいか、

最後のほうは疲れから話の内容も千日手模様が目立つらしい。

黒崎さんに限らず、私達の世代は奨励会時代から一所の長時間には鍛えが入っている。


これも普通の人が訊けばバカバカしいことだろうが、たとえば、いくら話が尽きないとはいえ、

流石に
10時間も経過すれば「もうそろそろ」と思うもの。しかしながら、これも自分から、

「じゃーこのへんで終わりにしましょうか。」と口にする事は「負けました」と同義語の意味を呈し、

お互い永年の将棋指し根性から、そう易々と切り出せないところでもある。これまで随分“戦ってきた”が、

未だかつて黒崎さんから「じゃーそろそろ」と発したことは一度たりともない。そんなわけで、黒崎さんのその力量は、

優に八段と評価されている所以である。それから比較すれば、私など全盛時でも五段あるかないか。

今ではせいぜい三段程度ではなかろうか。又、野藤さんは二段あるかないかと付記しておく。



尚、黒崎道場の常連各位は、黒崎先生の厳しい鍛えにより、平均五、六段の実力者揃いだそうだ。

つまり、黒崎道場は、将棋のみならず、「ファミレス24
時間耐久」というべき力も同時に鍛えられる稀な道場なのだ。

まず、日本中捜してもこんな将棋道場はないだろう。それもこれも、思わず笑っちゃうほどの黒崎さんのキャラでもあり、

得難い人柄が成せるものである。是非、そのあたりの上達を望む人にとっては格好な鍛錬の場としてお薦めしたい。




黒崎道場<福島将棋センター>

JR福島駅西口より徒歩15分程、市内太田町の一角。但し、路地に入っての場所だけに、

初めての人は見つけるまで大変。尚、駅より
30分以内に辿り着ければ、“三段”を認定するそうです。



次回へつづく/其の六へ


其の一 「センセーショナルな出来事?」
其の二 「信じ難い反響」「躊躇せぬ居直り」
其の三 「母のこと」「後進への力添え」
其の四 「熊坂学君のこと」「斎藤貴臣君」



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